次の首都直下型地震は【関東大震災型】か【安政江戸地震型】か?

首都直下型地震 記事・雑感
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首都直下型地震は関東大震災とは違うのでしょうか?
管理人・丸山
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関東大震災からちょうど百年たち、首都直下型地震についてよく報道されるようになりました。しかし次に来るのは関東大震災という相模トラフ型ではなくて、真の意味での首都直下型かもしれない、ということにようやく気がつきました。

首都直下型地震とは何か?

首都直下型地震とは何か?

関東大震災とは

関東大震災から今年で丁度100年、そろそろ次の首都直下型地震が起こると予想されています。
関東大震災はご存知の通り、1923年9月1日に発生しましたが、震源地は相模湾の真鶴半島付近であり、相模トラフが原因とされました。そして墨田川周辺が大火事になったが、震源地からは80キロほども離れており、純粋な意味での首都直下型地震では無かったとも言えます。

実は次に発生するのは、関東大震災と同じ相模トラフ型ではなくて、安政江戸地震と同じタイプの東京湾北部震源(江東区)の首都直下型になる可能性がありそうです。

なぜなら相模トラフ型は、元禄地震が1707年に発生しており、次が関東大震災1923年ですので、約200年に一度の間隔で起きていると推定されます。つまり相模トラフ型の地震は次は百年後だという予想が成り立ちます。

安政江戸地震とは

安政江戸地震とは1855年、まさに幕末期に発生した真の意味での首都直下型地震です。震源は東京湾北部(現在の江東区、お台場付近)、地震の規模M7.0∼7.2、震源の深さは40∼50kmと推定され、被害者は1万人程度にもなったそうです。
江戸城や大名屋敷にも被害が及び、約15000戸が倒壊しました。
『破窓の記』には「今度の地震、山川高低の間、高地は緩く、低地は急なり。その体、青山、麻布、四谷、本郷、駒込辺の高地は緩にて、御曲輪内、小川町、小石川、下谷、浅草、本所、深川辺は急なり。その謂れ、自然の理有るべし。」との記述があり、具体的に揺れの小さい地域と大きい地域は、現在とほとんど違いはなさそうです。

安政江戸地震については、詳しい地震の発生メカニズムは不明ですが、その1年前に南海トラフ地震も発生しており、安政は地震多発の時代でした。ついでにペリー来航の時期とも重なり、大地震で疲弊したことも開国が早まる一因になったかもしれません。

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安政三大地震とは

安政年間(1855年〜1860年)の間に3つの巨大地震が派生しており安政三大地震と呼ばれています。
1.安政東海地震 1854年(M8.4)南海トラフ右の半割れ
2.安政南海地震 1854年(M8.4)南海トラフ左の半割れ。32時間後に発生
2.安政江戸地震 1855年(M7.0∼7.2) 首都直下型

この経緯を見ると、先に南海トラフ地震が発生し、それにプレートを刺激される形で、首都直下型が発生したのではないかと思います。次の首都直下型地震を気にするうえで、安政江戸地震についての情報が、もう少しはっきりわかると参考になるのではないかと思います。

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